こんにちは!冴です!
今回は自覚症状と倒れて搬送されるまでの経緯をお伝えしようと思います。
最初の異変
2〜3年前の初夏から仕事が一時的に立て込み、毎日23時に帰る、、という生活が2〜3ヶ月間続きました。
その頃より、食後や空腹時の胃痛(今となっては十二指腸だとわかりますが)の自覚症状があり、仕事が落ち着いた頃近所の消化器内科を受診しました。
ほか、昔からお腹が弱く頻繁に下痢は繰り返していたため、それも相談したと記憶しています。
結論としては、十二指腸・胃潰瘍疑いと過敏性腸症候群とのことで、内視鏡検査などはせず服薬のみで経過観察となりました。
今思えば、この時に一度内視鏡検査をお願いしとけばな、、という思いです。
以降も、たまに胃腸が痛い気がする、、薬飲んどくか、、で過ごすこととなります。
結果として、自覚症状が続いていたにも関わらず、薬だけで誤魔化し誤魔化し過ごしてしまったわけです。
そして、来たる今年の初夏
自宅で倒れる前々日に浴びるように飲酒していたのですが、その日の夜から急激に食欲がなくなります。
飲みすぎちゃったかな?程度で思っていましたが、とにかく食欲がない。
夕飯をほとんど食べることなくその日は眠りにつきます。
次の日、最初の下痢様の黒色便が出ます。
ただ、前述の通り下痢は繰り返す体質だったのでそこまで気にせず、ただし色が変なので仕事を休んで病院にかかろうと思っていたところです。
しかし、どんどん黒色便の頻度も量も上がっていきます。
そして、食欲がなくなって翌々日の明朝。
黒色便を繰り返し十二指腸から出血し続けた結果、貧血症状により自宅で倒れ救急搬送されました。
救急搬送後は、点滴治療を受け、緊急の内視鏡検査を待っていました。(この間、お尻に指を突っ込まれたりと衝撃的な経験をしますが、いちいち反応してる余裕もないくらい朦朧としていました、、笑)
その後、内視鏡による十二指腸の止血術を受けます。
後から聞いた話だと、この時点でヘモグロビンは7前後、体内の血の半分以上がなくなっていたそうな、、
(そりゃ倒れるわな。)
そしてベッドに運ばれますが、貧血が酷すぎて結果として丸2日間歩行の許可は出ませんでした。
トイレにも行けずベッドの上で用を足し、尿瓶を看護師さんに片付けてもらいます。
それまで曲がりなりにも人並みの生活を送っていた20代男子としては、かなり心にくるものがありました、笑
そして、救急搬送の翌日にも内視鏡止血術を再度行います。その後、止血を確認したところで、潰瘍変部よりサンプルを取って病理検査に回してもらうこととなりました。
なお、当時の担当医の見立てでは、ただの十二指腸潰瘍じゃない、変な病変だったとのことで、直感を元に迅速に病理検査に回していただけて本当に感謝です。
そしてその病理検査を待つ間、まずは貧血症状を回復しなければいけません。
救急搬送の翌日には、人生初めての輸血の処置を受けることになります。
(普段輸血にご協力いただいている方、本当にありがとう)
そして、丸2日絶食だったため、最初は流動食からすこーしずつ慣らしていくことに。
拷問かと思うくらい重湯が不味くて、でも生きたくて必死に啜っていたのを覚えています。
また、見舞いにきてくれた父によると、この頃の私は顔が白すぎてこのまま死ぬんじゃないかと思ってたとのことでした。生きててよかった。笑
そしてながーい夜を1週間ほどやり過ごしたのち、担当医に家族と共に面談室に呼ばれます。
そして宣告されたのが
十二指腸癌
でした。
正式には、非乳頭部十二指腸癌。
この時点では、内視鏡治療の他、造影CTなども撮ってもらいましたが、転移が疑われる部位などはなく、当時の担当医の見立てではステージⅠかⅡだろうと言われます。
しかし、15年やっていて初めて見る癌だということ、また若年発症であること、十二指腸癌の標準術式である膵頭十二指腸切除術は実績が薄いことなどを踏まえ、他の病院への転院を勧められることとなりました。
今回はここまで。
そして、次回
入院待ち期間〜入院〜手術当日 までをお話ししようと思います。
今でも、この十二指腸癌の宣告を受けた当時を思うと、心がキュッとなりますね、笑
そして、いざ自分の身に、死と向き合うイベントが起こると、何よりも周りの人を悲しませるのが怖かった。
絶対に負けないと誓ったタイミングでもあります。
それでは!